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【昆虫写真家・海野和男氏インタビュー】 小諸市の里山には美しき貴重なチョウが多数生息! 絶滅危惧種を含むチョウと共に過ごした30年間の経験から、個人レベルでもできる保護の取り組みを提言

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ヒメシジミ

ヒメシジミ(海野和男デジタル写真サイト「小諸日記」より)

海野和男氏は、昆虫写真家の第一人者として世界を舞台に活躍されています。現在、長野県小諸市の小諸高原美術館において開催されている『海野和男 写真展「庭の自然とファーブル昆虫記の世界」』(〜9月6日)の開催初日にうかがい、展示写真を拝見して、その芸術的な作品に感動すると同時に、小諸市には貴重な昆虫、とくに絶滅危惧種のチョウも多く生息していることに驚き、その保護にも取り組まれておられる海野先生に、ぜひともお話しをうかがいたいと、7月28日の閉館間近の美術館におじゃましました(2020年7月28日・市立小諸高原美術館・白鳥映雪館にて)

海野和男先生

海野和男氏(海野和男デジタル昆虫記より)

アートのように美しい写真作品
——本日は、よろしくお願いいたします。初日に先生の作品を拝見して、昆虫の生態に迫ることはもちろん、さらにチョウのバックの空の青さや背後に広がる村々の風景など、その構図や色のコントラストが、観た人に感動を与える、まさにアートのような作品だなと思いました。
海野和男氏(以下・海野):背景から、その場所を感じられる作品にしたいと思っているんです。望遠レンズだと背景がボケるので、広角レンズを使うことが多いですね。
——でも、広角レンズでチョウに近づくと、逃げてしまうのではないですか?
海野:いえいえ、それが実は、チョウは群れていると、それほど怖がらないんですよ! 急な動きをすると逃げますが、ゆっくり動けば大丈夫。なので、かなりの至近距離で撮っています。
——そうなんですか! まさにチョウの生態を知ったうえでの撮影なんですね。

アサマシジミ(海野和男デジタル写真サイト「小諸日記」より)

ウラギンスジヒョウモン

ウラギンスジヒョウモン(海野和男デジタル写真サイト「小諸日記」より)

アトリエの庭(海野和男デジタル写真サイト「小諸日記」より)

■貴重なチョウと共に小諸市で30年
——展示写真を見て、もう一つ感じたのは、小諸に、これほど美しいチョウが数多く生息していることに驚きました。
海野:小諸って、浅間山と八ヶ岳の間にあって、ちょうど一番、多様性があり、チョウがたくさん生息する標高なんですね。私の家の庭だけでも65種類ほど、小諸全体で100種類以上のチョウが生息していると思いますよ。しかも、アサマシジミ、ミヤマシジミ、ヒメシジミ、アカセセリ、ヒメシロチョウ、ヤマキチョウ、ウラギンスジヒョウモンなど絶滅危惧種とされるチョウも多いんです。
——そんな小諸に先生は30年ほど前にアトリエを構えられたとか。
海野:そうですね。小さい頃から信濃追分や望月などを度々訪れていました。ちょうどバブルの時代に、林の中に住みたいと思って小諸に来ました。
——その30年で環境の変化などはありましたか?
海野:今、小諸で一番の問題は、チョウの食草(チョウが幼虫のときにエサとする葉)がある良い草地がなくなってきていることですね。あちらこちらで草刈りをし過ぎるんですよ。このため、絶滅危惧種のチョウも、そうとう減少しています。
——大変な状況になっているんですね。
海野:そうなんです。それを、どう食い止めるか答えが出なかったので、実は3年前からアトリエの庭で草地の管理を自分で始め、食草を残したり、花を育ているんです。いわゆるバタフライガーデン(蝶を招き入れることを目的とした庭)ですね。

バーベナとトラフシジミ

バーベナとトラフシジミ(海野和男デジタル写真サイト「小諸日記」より)

■庭に絶滅危惧種が4種も生息
——成果はいかがでしたか?
海野:そうしたら現在、絶滅危惧種が4種は生息しています。
——えっ? ある程度、広いお庭だとしても、広大な広さがあるわけではないと思います。そのくらいの広さを手入れしただけで、絶滅危惧種が4種も生息しているんですか?
海野:小さいチョウ、例えばシジミチョウなどにとっては、そう、この美術館の一部屋くらいの広さがあれば十分に広い。その行動範囲は、そんなものなんです。だから、その範囲の環境を整えてあげさえすれば、十分に生息できるんですよ!
——具体的には、どう整備されたんですか?
海野:チョウの幼虫が食べる植物がある草地の草刈り方法を試行錯誤で実験したり、花壇にはモナルダや、アザミ、宿根バーベナ、エキナセアなどチョウが好む宿根草(多くは冬など生育に適さない時期には地上部が枯れ、それを過ぎると発芽して毎年同じ時期に花が咲く)、一年草では百日草メインに、チョウが好む花だけを植えました。
——そうやって、ちょっと空いている土地などで宿根草を育てれば、チョウを守ることができるんですね。

ヒメシロチョウ

ヒメシロチョウ(海野和男デジタル写真サイト「小諸日記」より)

オオルリシジミ(海野和男デジタル写真サイト「小諸日記」より)

■草地を一定期間だけ刈らずにチョウを保護
——そんな活動が広がればいいですね。
海野:そうですね。もちろん、そうやって積極的に生息地を整えてもらうのも一つの重要な方策ですが、それとは別に、今ある草地を刈らずに残していくという方法もあるんです。
——どういうことですか?
海野:最近は、草が伸びていると、どんどん刈ってしまうんですね。年に何回も根元から完全に刈ってしまうので、そこにあるナミヒョウモンの食草のワレモコウ、ヒメシロチョウの食草のツルフジバカマ、小諸で一番絶滅が危惧されるミヤマシジミの食草のコマツナギ、吸蜜植物の綺麗な花が咲くカセンソウ(歌仙草)などが、ため池の土手などの草地から消えていき、チョウが生きる場所がなくなってしまいます。おまけに後から生えてくるのは始末が悪い外来植物がメイン。こうして美しい草地は小諸の里地から消えていくことになります。
——そうなんですね、残念です。何か対策はないんでしょうか。
海野:ええ、ありますよ。一年間のうちのある時期だけ草を刈らなければいいんです。その時期とは、「チョウが卵や幼虫の時期の1〜1か月半ほどの間」。例えば、小諸市では絶滅して、現在では東御市が天然記念物に指定して保護しているオオルリシジミの場合は5月中旬から〜6月末まで食草であるクララの草刈りしなければ大丈夫でしょう。その他の時期の草刈りは、下の方を20cmほど残して刈れば、外来植物が入り込まず。元の草地の植生が残せると思います。
——なるほど。絶滅危惧種を保護するとなると、そうとう大がかりで大変なミッションのように考えていたんですが、先ほどのお話では、チョウの生息地を整えるのも、さほど広い場所でなくても良かったり、今のお話では、ある一定期間だけ草を刈らなければ良かったり、なんとなく個人のレベルでも頑張れそうだなって思えます!

小諸高原美術館

小諸高原美術館

■自然を楽しむイベントを小諸市で
——お話を聞いていて、ふだん、身の回りにある自然に、あまり気を配っていなかったことに気付きました。里に貴重なチョウがいて、その絶滅が危惧される中、手をこまねいているわけにはいかないなと思いますね。
海野:そんな思いを、みんなで共有するために、小諸の自然にもっと親しんでもらう活動やイベントが必要ですよね。自然の中に身を置く、感じることを楽しむことができたらと思います。
——小諸はアクセスもいいですしね。
海野:親子の自然教室や自然ツーリズムみたいなものを企画していただけたらと思いますね。
——各方面に働きかけてみたいと思います。本日は、ありがとうございました。

写真展

写真展(海野和男氏Facebookより)

◎今回は、チョウの素晴らしさから始まり、その絶滅の危機、保護、今後の活動まで話題は広がりました。先生ご自身もバタフライガーデン作りを進めていらっしゃいますが、実際は、草刈りや不必要な植物の除去など、なかなか大変だとか。このインタビューを読んで、チョウのための庭作りに関心をもった方は、ぜひ先生のお手伝いをしていただけたら、きっと喜ばれると思いますよ。

〔海野和男氏プロフィール〕
東京農工大学の日高敏隆研究室で昆虫行動学を学ぶ。アジアやアメリカの熱帯雨林地域で昆虫の擬態を長年撮影。1990年から長野県小諸市にアトリエを構え身近な自然を記録する。著書「昆虫の擬態(平凡社)」は1994年日本写真協会年度賞受賞。2015年にその続編「自然のだまし絵 昆虫の擬態(誠文堂新光社)」を発刊。日本自然科学写真協会会長。

[近著]
・世界のカマキリ観察図鑑(草思社/2015年)
・自然のだまし絵 昆虫の擬態: 進化が生んだ驚異の姿(誠文堂新光/2015年)
・海野和男の昆虫撮影テクニック 増補改訂版(誠文堂新光社/2014年)ほか多数

☆公式サイト『海野和男のデジタル昆虫記』 → コチラ
■海野和男 写真展『庭の自然とファーブル昆虫記の世界』お知らせ→ コチラ

海野和男 写真展「庭の自然とファーブル昆虫記の世界」
  • 【日程】
    • 2020年7月23日(木)~9月6日(日)  ※会期延長
  • 【時間】
    • 9:00~17:00
  • 【入館料】
    • 一般500円/小中高校生無料/30名以上団体400円
  • 【会場】
    • 市立小諸高原美術館・白鳥映雪館:第1・第2展示室(長野県小諸市大字菱平2805-1)
  • 【主催】
    • 小諸市教育委員会
  • 【問い合わせ】
    • TEL.0267-26-2070