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上田女子短期大学附属幼稚園:園内の裏山での自然保育、満足感を促すアート活動、園を離れた地域活動などで、感性と自己実現力と故郷への愛着を育てる(長野県上田市)

更新: / 公開: 2019年10月18日 / 文責:

上田市の郊外、塩田平の一画、長野大学もある文教地区に「上田女子短期大学附属幼稚園」があります。朝、幼稚園を訪れ、広い園庭に立つと、園舎の裏側から子どもたちのはしゃぎ声が聞こえてきます。

行ってみると、そこは、なんと山! 手をつないで走り回ったり、タイヤブランコに乗ったり、なかには、上のほうから坂道を勢いよく駆け下りてくる子どもたちもいます。

そして、そのかたわらには、草の中をゴソゴソ探る子が……。手には虫カゴを持っています。そう、その子のお目当てはバッタ。園では、園児一人一人に虫カゴを手渡しているんです。目をキラキラさせてバッタを追いかけています。

バッタつかまえたよ〜

バッタつかまえたよ〜

園の裏側に山があるなんて、何とも素晴らしい環境ですが、園では長年ここで、「四季の豊かな自然環境の中で思いっきり体と心を動かして遊ぶ」ことを実践してきました。

そんな折、長野県が、「長野県はその面積の78%が森林という、まさに自然保育に最適な環境が整っている」として、2015年より「信州型自然保育認定制度(愛称:信州やまほいく)→ コチラ」をスタートさせました。

本園でも、それまでの実績を踏まえて、自然豊かな幼稚園の特徴をより知ってもらうために認定団体に登録をしています。

先ほどから子どもたちと一緒になって山を駆け回って、ちょっと息切れ気味な水野美恵園長先生(※取材時)にお話を聞くと、

「自然の中にいると、子どもたちの感性が敏感になるんですね。いろんな発見をして、おしゃべりになります。山で遊んでいて、これは何だろうと不思議なことを見つけて、自分であれこれ考えたり、あるいは友達と一緒におしゃべりしたり、そんな経験が将来の何かにつながります。そうそう、不思議と山の中で転んでケガをしても、あまり気にしないんですよ。園庭だとお大騒ぎになるんですが……」

裏山を駆け巡る子どもたち

裏山を駆け巡る子どもたち

山から園舎に戻る途中、空を指差して子どもが一言。

「園長先生、あっちに黒い雲があるね。少ししたらお日さま隠れちゃうね」

本園は、2018年の3月に、カラマツ材などの木のぬくもりあふれる新園舎が完成しました。園庭も広がり、それまでの遮蔽物が取り除かれて、目の前に塩田平の景色と一面に空を望む風景が広がっているんですが、園長先生は、その風景をいたく気に入っていて、とくに毎日、表情が変わる空を「スカイアート」と名付けて眺めていました。すると、いつの間にか子どもたちも空を見るようになったそうです。

「幼稚園の自然環境って、裏山だけではないんですよ。空だって四季や天気などの自然を映す自然です。園庭の横にある畑はもちろん、星空が美しい夜は、宇宙だって子どもたちを育む環境なんだと思うんです。それを子どもたちのために、いかに生かしていくかですよね。」(水野園長先生)

満足感と自己実現力

大きなキャンバスにのびのびと

大きなキャンバスにのびのびと

園舎に戻ると園長先生が、ちょうど遊戯室(ホール)で開催されていた「しぜんアート展」に誘ってくださいました。遊戯室の窓からは裏山の緑がのぞき、ここでも自然との一体感を感じます。

会場には64cm ×80cmの大きなキャンバスにローラーで描かれた絵と、いろいろな形や大きさの木片を自由に組み上げた工作品が展示されていました。絵はそれぞれに、さまざまな色使い、描き方がされていて、1枚として同じような絵はありません。

その秘密はというと、手本や見本を見せていないからだと言います。見本を見せると、どうしてもそれに近づけようという思いになってしまい、自己表現の妨げになってしまうのだとか。

そして、木工作品も、これまた本当にさまざまです。箱型のもの、高くタワーのように積まれたもの、横に木片が連なったもの、何とも複雑な構図に組み上げられたものなどなど。それぞれ、真剣に取り組んでいる子どもたちが目に浮かびます。そんな中に、四角い木片に、細い木を打ち付けただけの、いたってシンプルな作品がありました。

「せっかくたくさんの木があるんだから、もっと使えばいいのに! って思いませんでしたか? いえいえ、この子にとってはこれが最高の作品なんです。実は本人“携帯電話”を作ったんですね。自分の携帯を持つことができて、実に満足そうでしたよ」(水野園長先生)

思いがこもったも木工作品

思いがこもったも木工作品

この満足感を水野園長は大切にしているそうです。なので、実は本園ではお昼の時間が決まっていません。どういうことかというと、子どもたちに、できた! という満足感を味わってもらうために、時間を区切って終了にはしないのだとか。

例えば、船を作っていた子が船本体はできたけど、最後はここに旗を飾りたいと思ったら、それを実現させてあげるということ。作品の完成は、あくまで本人が決めることなんですね。それを時間になったから終了では、本人の満足は得られません。だから、本人が満足したところでお昼! となるわけです。

「その時間、子どもたちは“作業”をしているわけではなく、“作品”を作っているんですよね」(水野園長先生)

そうそう、気づかれていましたか、木工作品制作って、言わずもがな、木片を釘で打って作っています。そんな怪我をしたら……、とも思いますが。実際に手を打ってしまう子もいるようですが、それも経験! なかなか現代の生活の中で釘を打つ機会はあまりないので、クラスの先生が見守る中で、安全に考慮しながらの経験は貴重です。

そのときに実はそのクラスの先生、ちょっとした仕掛けを子どもたちにしていました。木片の厚さに対して、あえて短い釘しか用意しないんです。薄い板ならいいのですが、厚い板になると用をなしません。困った子が先生に訴えます。「どうすればいい?」「もっと長い釘があるといいな〜」「そう、じゃ、あるから使ってみて」となります。

こんなふうに園では、あえてすべてを用意しない、環境を整えない(マイナスの環境にする)ということをすることがあるそうです。子どもたちが自分が実現したいことを成し得るにどうすればいいかを自ら考えて、行動するという、いわば自己実現力みたいなものをつけてもらおうというのが目的だそうです。

環境としての地域資源と先生の役割

川あそびに夢中

川あそびに夢中

最後に水野園長が案内してくれたのが園の脇にある「亀次郎池記念碑」。幼稚園のある塩田地域は降水量が少ないため、江戸時代から灌漑用のため池が多く作られていましたが、亀次郎池もその一つで、埋め立てられた跡に、その功績に感謝して記念碑が建てられました。

その記念碑に、幼稚園の子どもたちが描いた虫や小動物が刻まれています。園ではよく、近くにある「いにしえの丘公園」などで川あそびをしたりするのですが、そのときに見つけた生き物を絵に描いたそうです。

このように園では、園舎を離れ、地域に積極的に出かけています。信州大学が管理する畑でサツマイモを栽培したり、信州の鎌倉と呼ばれるお寺や神社を訪れたり、塩田平に特徴的なため池を観察したり、住民の足である上田電鉄別所線の電車に乗ったり、いわゆる「地域資源」を積極的に活用しています。

「空も宇宙も教育の環境だというお話をしましたが、もちろん“地域”もその大切な環境の一つです。私自身、この塩田平が大好きなんですが、地域資源を活用することは、子どもたちの生きる力を育て、故郷に愛着を持たせてくれますよね。」(水野園長先生)

オイモ獲れたよ〜

オイモ獲れたよ〜

水野園長先生は、子どもたちを生かす“環境”が、もう一つあるといいます。それは人的な環境。とりわけ大きいのは、もちろん“先生”です。水野園長先生は、

「子どもたちは今を生きています。たまたまやったことを面白がったりもする。子どもたちの今の環境や状況が刻々と変わる中、先生は、何が何でもカリキュラム通りにするのではなくて、子どもたちが自主的にやりたいと思っていることを察知して臨機応変に対応することが大事。型を破るのは勇気がいるし大変で、カリキュラム通りにやっている方が楽かもしれないけど、でも、現実路線を外れることを恐れずに、子どもたちが何かに気づいて、楽しみを見つけたとき、それを先生方も楽しむことが必要ではないかしら。子どもたちが感動して先生に声を掛けたときに、先生も一緒になって感動する、その共感が子どもたちの次の行動を促すんですよね。」

先生も共感して楽しむ

先生も共感して楽しむ

さらに、これからの幼児教育については、

『私たちが子どもたちに伝えることは、「決められたことをこなす、やらなきゃいけないことを覚える」ことではありません。これからの教育に必要なのは、自分でやりたいことを決めて、問題がおきたらその解決法を探り、そして、友達と一緒に共働して乗り越えていくことです。だから、子どもたちから答えを求める質問があったときに、先生は、その答えを言いません。わからなければ調べる、調べて実際にやってみる、そうやって自分で答えを導き、課題が解決すると、それが習慣化する、癖になる、それが大事。「学び方を学ぶ」、それが幼児教育なんだと思います。』

「子どもたちは将来、大発明をするかもしれないし、多くの人の心を癒すかもしれないし、人を育てることに尽力するかもしれない、でも、その興味の源泉=どんなことに関心を持ち、どんなことを面白く感じるのかは、やはり、3〜5歳の3年間にあると思います。その将来に向けての“興味のタネ”を見つけてもらうのが幼児教育。何か面白いと感じて興味関心を持てば、物事を“覚える”のではなく、“知りたい”という知的欲求に変わります。そのためには、とにかく子どもたちにさまざまな経験をさせて、主体的に取り組ませること。面白くても面白くなくても、やってみなければ始まりませんものね。」

自分だけの素敵な傘

自分だけの素敵な傘

最後に園庭に出ると、子どもたちが、自分たちで装飾したビニール傘を見せてくれました。市販の透明なビニール傘にマジックで、思い思いの絵や模様を描いていて、実にカラフルで綺麗! ちょっと安い、どこにでもある傘が、その子オリジナルのとっても素敵な傘になっているんです。

その傘に陽がさして、地面に色が鮮やかに映る光景と子どもたちのニコニコ笑顔に見送られて、園を後にしました。

園長先生からのヒトコト

私、人生に“失敗”はないんだと思うんです。うまくいかなかったときに、今どうなっているかを分析し、どこまではうまくいっていたから、ここからはどうしようって考えるようにすれば、困ることもない。そうすることで、それまでとは違う一つ上のステップに進むことができる。だから失敗はない。だから、幼稚園で子供たちが、うまくいかなかったり困ったりしていると、「しめしめ、良い経験をしているな」って思うんです。
それから、歳をとると、あるものを当たり前に受け入れちゃってる気がするんです。だから、この頃は、「ちょっと待てよ。これは本当に正しいのか?」と疑問を持つようにしています。当然と思うことを、ちょっと考え直してみることって必要なのかもしれません。園長・水野美恵
住所 長野県上田市下之郷乙602
電話番号 0268-38-5996
Website http://www.uedawjc.ac.jp/kind/