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やりたい事をやろう 〜東ティモールに続く道〜

更新: / 公開: 2016年4月18日 / 執筆:

だんだん写真にのめり込み、特にスローシャッターで撮る写真が好きだった。

それと同時に、仕事について疑問を感じていた。

日本庭園の様な施設で団体写真を撮っていたのだが、そこに来るお客さんは花好きな方が多い。皆一様に「奇麗だ」とうなっては帰って行く。しかし、その花々は季節ごとに植え替えられ、前の花は姿を消す。本当に花が好きなら野原に行けばよいのに、なんて思って来てしまった。
それをきっかけに本物って何だろうなんて考え始めた。

そんな時、妹から電話が鳴った。
「仕事辞めて東ティモールに行かない?」そんな電話だった。
妹(広田奈津子)が在東ティモールジャーナリスト、和田等さんから東ティモール情勢のメールをもらい読んでいるのは知っていたが、私は何となくしか東ティモールの事は知らなかった。
2002年5月20日東ティモールが独立する。国連主催の祝賀祭があるから遊びに来ないか?と和田さんに誘われ、せっかく行くのならと当時妹が好きだったソウルフラワーモノノケサミットに独立の祝賀祭に参加してもらおう!!と妹と、その周辺で盛り上がった。
なんだかどえらい事になってきた。
これは仕事どころではない、僕は迷いもなく仕事を辞めた。2001年11月、25歳だった。
妹は国連主催の祝賀祭にソウルフラワーモノノケサミットに参加してもらうため為、奔走する。日本外務省、国連に参加の許可、ソウルフラワーモノノケサミットに参加してもらえるか、それに大忙しだった。
僕は資金集めのために記念Tシャツを作り、辞めた会社に売りに行った。

会社にいた時より営業成績はよく、1人で6枚買ってくれる友人、大阪、名古屋、京都を回り、何店かにTシャツを置いてもらった。
やはりやりたい事をやるべきだ。やりたい事をやれば、自分の力は発揮される。

 

続く


コラムニストのプロフィール :

東ティモール独立に立ち会い写真を始める。 その後もフィリピン、ネパール等で撮影を続け、写真を通して、資源をめぐる紛争やグローバル化の中で起きる格差の問題など、社会の影を訴えつつ、奪われることのない人々の持つパワーや力あふれる姿、残り続ける文化や暮らしをフィルムに収めている。9年前に名古屋から信州に移住。3児の父。


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